「多彩な視点から学ぶ伊豆半島の自然と社会」というタイトルで、全5回、自然科学・人文社会科学の視点から伊豆半島について学ぶ公開講座を開講している東部サテライト。9月10日、静岡大学人文社会科学部、山岳流域研究院の横田宏樹先生を講師に迎え、第一回目となる「社会的な関わりのなかで創られる身近な木の価値:家具の事例から」という講座をおこないました。
横田先生は、パリ13大学経営経済学部助教、旭川大学(現・旭川市立大学)を経て、現職。社会経済学、地域産業論(家具産地)、制度経済学(フランスの学派を中心に)を専門としてます。
経済学の視点から見た自然と人間の関係
顔の見えない誰かの作ったものを市場で購入する、顔の見えない取引が経済学では基本的な考え方。顔の見える関係性の中での経済活動、社会活動をやっていくことが重要と考えているので、経済学の中では非主流派です。経済学の視点から、森林のことや地域の木材、家具の研究をおこなっています。
静岡大学では 令和5年4月より、山岳流域研究院(大学院設置基準の改正により、新たな類型として設置可能となった教育研究組織)を開設しました。静岡の特徴である高山から海まで、川上から川下、町までを俯瞰的に見ながら、自然だけを見るのではなく社会や経済、地域全体を見ていく教育研究をしている新しい組織です。静岡大学には天竜や南アルプスに演習林があるので農学部の先生から学んだり、自分が経済とかを理系の学生に教えたりすることで、俯瞰的に見ることのできる人材を育てていこうという組織になります。
北海道旭川市にある旭川大学で5年ぐらい働いた時に、家具や森林という今の研究の原点を体験しました。旭川は家具産業が有名で、社会と産業と暮らしと自然が結びついた研究をしていきたいと思いました。経済的な価値の視点から見ると、価格は高くて、椅子とか安くても5~10万円はする。でもその価格には理由があって、それを理解するためには、作ってみないと分からない。木こりの方からは家具を作るならば、森に入って、木を切るところから見ないとダメ、ということで、学生と一緒に森に入ってノコギリで木を切り、自分たちで担いで、家具になる工程を学んだこと、人生をかけたり木を大事に育てている人がいることを知ることで、製品が高いことは当然ということが分かりました。
家具を作る人の思いや技術、経験が詰まっていることをどうやって色々な人に知ってもらうかを研究者として考え、産業が起こっている地域、いわゆる産地の研究をしています。家具を通して社会、地域の社会や経済を作り直していく、これを地域の中で終わらせず、1人1人が自分事として考えていく地域が増えれば日本、世界も変わっていくだろうということで、身近な自然への関心をどういうふうに人間が持っていけるかということを考えています。
日本の森林率は68%。面積の約3分の2が森林。森林の率は多く、自然との関わりを感じながら暮らすことができるのにしていない。そうした暮らしをしている北欧に憧れているが、日本でもできるのにやっていない。木材の自給率は40%。海外から安くて安定的でサイズも大きい木が入ってきて、一時は自給率が20%を切りました。日本に木があるならそれを使っていくべきという、純粋な考えをどうしたら実現していけるのかが重要になってきているのでは。
国産材を使いましょう、と静岡県でも県産の木を使用することに補助金を出したりしているが、ただ使うだけでいいのかというと、それを使うことにどんな意味があるのかということを説明しないといけないし、きちんと理解しないといけない。そうでないと、安い方がいいという経済的な価値になってしまう。自然的な意味や社会的な意味を付け加え、身近な木を使うことの意味、意義、つまりどんな価値があるのかということを考えないといけないと思うので、価値付けという考え方が重要です。
旭川地域の森づくりとともに進む家具づくり
日本の五大家具生産地は、北海道旭川市、静岡県静岡市、岐阜県高山市、広島県府中市、福岡県大川市。ほとんどの学生は、静岡が家具産地であることを知りません。家具産地で一番の収入源になっていたのが「婚礼家具」ですが、地震で家具が倒れることや、国内外の量産メーカーによる価格競争の中で、家具業界は縮小してきました。本当は産地というのは、その歴史の中で暮らしや自然ととても密着した産業であって、その地域の経済や社会を支えていた産業であったのですが、今は生産するだけの地域になってしまっているのではないか。産地の中でものづくりに関わる人が、経済的な取引ををしなくなると、顔をつき合わせることがなく、集まっているだけで、情報交換もしていないというのが一般的な地場産業の現場となっています。資本主義の中で、自然と人間のあり方を変えるためにどうするかを考えた時に、「モノ」の力は大きい。形のないものが大切という時代にあっても、モノがないと実際に納得ができない。どういった樹種、誰が作ったのかという顔の見えるような関係性を持つことで、地域の社会とのつながりを見出すことができるものを作らないといけない。そういったものが循環していくような社会や経済を作っていくことが、今大切なのではと思います。
そういった考え方の中で、旭川にいたときに始めたのが、シラカバの木を使う「白樺プロジェクト」。シラカバは北海道ではパイオニアツリー、先駆種と言われる樹種です。樹液が飲めるくらい水を吸い上げるので、表面が腐りやすく、白い色は家具ではあまり使われません。葉っぱはハーブティー、樹皮は皮細工に使われているのに、幹だけが使われていませんでした。スギやヒノキのように植林しなくても、掻き起こしをするだけで天然更新し、成長も早いシラカバ。スギやヒノキは、100年200年のスパンで考えなければならないので、その時間を与えていくためにも、シラカバを使おうという取り組みが始まりました。
他に良い材がある中で、シラカバを使う意味、価値付けをしていこうと、旭川市にあるショールーム「旭川デザインセンター」に白樺プロジェクトのブースを設けました。プロジェクトの合言葉は「ずーっと使う。ずーっと育てる。」。北海道の森づくりや林業を再生していくといった背景があって、木こりの人、家具メーカ、研究者など異業種の人がかかわる、今回のタイトルである「社会的な関わり」で、シラカバを使うことで価値をつけていく。具体的には、白樺プロジェクト独自の認証カードがあり、どこで育てられた木なのか 樹齢、作った人といった情報が記載されており、情報をしっかりと買った人に伝えています。
「ヨキカグ・プロジェクト」とともに
家具産地として、歴史ある地域である静岡県中部地域。北海道は気候的に広葉樹の率が高いですが、静岡ではスギ・ヒノキの針葉樹が中心で広葉樹はほとんど生産されていません。県の森林率は64%ぐらい。オクシズと呼ばれる中山間地域を有する静岡市は76%と高く、次いで伊豆が75%ぐらい。伊豆地域は半分ほどが広葉樹と聞いています。森づくりにとって広葉樹は重要で、針葉樹・広葉樹のバランスが取れたものづくりをやっていく、価値を作っていくためにも「ヨキカグ・プロジェクト」を静岡で開始しました。研究者として関わる自分をはじめ、家具づくり、地域づくりに関わる人が、身近な木をいかした家具づくり、広葉樹の利用と森づくり、市民への家具産地であることの周知、ファンづくりといった共通の目的と価値観を持ってやっています。
サイズも形も樹種もバラバラの身近な材を使ってみたい、それが欲しいという人を増やしていくことを目指し、ただ活用や流通を考えるのではなく、人のつながり、地域のつながり、自然とのつながりを生み出していくことを考えています。
例えば、先駆種(裸地の状態から他の種に先がけて発芽、成長する種)を活用することは森づくりにとって意味があります。そこで、農学部の先生から地域に自生している先駆種を利用できないかということで、演習林のカラスザンショウなどで家具や木工製品を試作しました。ものづくりのなかでいかすことができれば、お金になり、管理をしていこうということになります。あとは、小さい木をどうやっていかすか、ですが、細い木でもつくることができる折りたたみスツールや、強度があまり要らない間接照明に利用しました。
また、静岡大学には「シズオカ・ルーム」という「ヨキカグ・プロジェクト」の作り手さんが県産の木を使って作った家具が置かれた部屋があり、学生の演習や教員の打ち合わせ、セミナーなどに利用しています。10種以上の木がこの部屋で使われていて、伊豆の天城の木や天城農林さんが切った木、沼津市戸田の木が使われている家具があります。どこから来た木なのかはレーザー刻印してあり、記録を写真にしてパネルにして飾ってあるので、使う人がどのようにこの家具が作られてきたのか、どんな人が関わっているのかということが分かります。
静岡大学は里山を切り開いて作られているのですが、おそらく教職員も生徒も誰も森として見ていない、ただの坂としてしか見てない(静岡大学静岡キャンパスは日本一の高低差のあるキャンパスと言われています。)。こうしたショールームが一つあると、実際に見ることで伝えることができるので、こうしたものが大学にあるべきだと思うし、各産地にそういったものがないといけないと思います。実際に学生たちは、シズオカ・ルームを利用することで、家具に対して、身近な木に対して、自分事として考えるきっかけになりますし、部屋から見えるケヤキの木が家具に使われていることで、ケヤキはあの木で、と身近に考えることができます。日常の暮らしの中でこうした場所があれば、その中で暮らしている人たちの考え方や行動が変わっていくのではと考えていますし、地域にこうした場所があって、暮らしの中で人々が使っていくことで自然と人間の関係性が変わっていくのではないかと考えています。
おわりに
種の多様性が高い森づくり、多様な木を使ったものづくり、木のある生活空間がうまく連携、循環することで、地域の空間から徐々に変わっていけば、日本、世界は変わっていくと思います。地域の面白さ、地域独自の魅力というのは、木や森といったところからつくられたもので、作っていくことができると思うので、こうしたプロジェクトなどを提案していくとか、まずは静岡でやっていきたいと思っています。
質疑応答より
Q:多様な樹種を使うことを推進するに際し、木材の研究開発や特性の研究はしていたのか?
A:北海道では、最初に林産試験場などで木材研究者がシラカバの材質的な使用の可能性を研究し、データを取っていました。一方、静岡の場合は実用ベースからはじまり、静大農学部の住環境構造学の研究室で強度試験をやってもらったりはしました。カラスザンショウやネムノキといった先駆種は、木材の専門書には全くデータがない。研究ベースでやっていくと、科学的なデータが価値にもなっていくので、材質データを蓄積しながらやっていきたいと思っています。
Q:広葉樹の人工林はありますか?
A:広葉樹の人工林はほとんどなく天然林がほとんど。シラカバのように天然更新しやすい樹種もあります。広葉樹を植林して育てる事業はあまりなく、スギやヒノキを植えた方がよいというのが一般的。広葉樹の人工林について研究している人が林学でもなかなかいなく、静岡でそうしたものが作っていければと思っています。森が管理できないからほったらかしになっている中、自然のサイクルで森を作っていくことが重要で、なるべく人が手をかけないで作っていくこともこれからの課題だと考えています。