静岡大学東部サテライトだより

静岡大学東部サテライト「三余塾」の記録・お知らせ

20250120 第12回青羽根柿木歴史大学

地域の歴史を地域の人同士で学び合う「青羽根柿木歴史大学(通称:青柿大)」。前回、これまでのまとめと新しく分かったことなどを付けくわえたテキスト「狩野氏の城下町(青羽根編)」をMさんが作成しましたが、これをテープ製本しました。コピーしたものを綴じて、背にテープをしただけですが、「本」の形になるとなぜか愛着が湧きます。

1月20日の勉強会では主に伊能忠敬第9次測量隊、守随家の銀秤などについてみなさんの話が盛り上がりました。

江戸時代後期に全国各地を測量した伊能忠敬の測量隊ですが、第9次測量隊が伊豆を測量しており、その時にサテライトの付近ですと、現伊豆市本立野村から河津町梨本村までを通っており、前述のMさんのご先祖様の家で昼食をもてなしたとの記録があります。そのほか、沼津の図書館に所蔵されている伊能図のレプリカの話、六分儀(2つの物標間の角度を正確に測定する道具)はとても大きく、前もって旅館に入っている隊員にそこで作らせたという記録があるといった話があがりました。

地域の歴史が記された古文書を所有していたMさんのお宅には古物もあり、その一つ、守随家の銀秤は、瓢箪型の木の箱に入った少量の金銀や薬を測るための秤です。Mさん宅では、一緒にビーカーなどがあったことからおそらく薬を計っていたのではないかとのことでした。
当時、秤の製造・販売・修理は認可制で、東国三十三カ国は江戸の守随家、西三十三カ国は京都の神(じん)家が管轄していたそうで、守随家は「株式会社守隨本店」として、現在名古屋で産業用はかり製造業を営んでいます。

この地域に少量で測るもので売るべきものがあったのかを調べた方がよい、との話から、雲金に伝わる「河童のくすり」の話に。全国に伝わる「河童の妙薬(河童が人間や馬に悪戯をし、こらしめられたお詫びに薬を渡すというもの)」と同じだと思われますが、この地域に伝わる河童の言い伝えも気になります。

過去の記録、という話から、伊豆市吉奈の旅館「さか屋」近くにある善名寺も火事で過去帳が消失したという話になり、「さか屋」に「おしゃもじさん」という祠があるという話へ。放火の罪で伊豆に流された平安時代の公卿、伴善男の祠と言われているそうですが、見てみたいという話になり、近いうちに青柿大で見に行きたいと思います。

心のこもった手紙たち、展示物の撮影はNGです。

この日の午後は、青柿大メンバーのお家に所蔵されていた史料が展示されているということで、下白岩の伊豆市資料館で開催されている「日露戦争のカケラ ~とある兵士へ、故郷からの手紙~」を見に行きました。明治37年、満州に出征した兵士のもとに故郷から送られた手紙類を中心に紹介した展覧会で、4月16日まで開催しています。

ここで常設展に展示されている昔のお風呂を見ていたところ、メンバーの方が小さいころにこの形のお風呂で火傷をした際、火傷に効くと評判の世古峡付近にある「木太刀の湯」に入ったところ治ったとのこと。現在も木太刀の湯は、湯ヶ島の宿泊施設で入ることができるとのことなので、行ってみたいと思いました。近くにいても知らないこと、まだまだありますね。