静岡大学東部サテライトだより

静岡大学東部サテライト「三余塾」の記録・お知らせ

20240206 令和5年度第5回公開講座「連携・協働がひらく地域の可能性~伊豆半島賀茂地域での実践事例から~」

東伊豆町でのフィールドワーク、制作した壁画の前で📷️

東部サテライトで実施した令和5年度全5回の公開講座。2月6日に今年度最後となる5回目、阿部耕也先生を迎え「連携・協働がひらく地域の可能性~伊豆半島賀茂地域での実践事例から~」という講演タイトルでお話をいただきました。阿部先生は、静岡大学地域創造教育センターのセンター長であり、専門は社会学や教育社会学生涯学習学。社会調査やフィールドワーク、地域活性化の取り組みを通して、学習ネットワークとプラットフォーム構築のプロセスを研究しています。この日も、東伊豆町稲取でのフィールドワークを抜け出して、東部サテライトにいらっしゃいました。(稲取から東部サテライトまでは車で1時間ほど)
以下、講義の内容となります。

 

地域連携応援プロジェクトについて

2003年からおこなった調査の結果から地域創造教育センター(以下センター)の方針を変えたという経緯がある。どのような調査かというと、自治体・市町村が「大学にどんな期待をしているのか」、大学が「地域に対して貢献できそうなこと」というもので、全国160の市町村と全国の104の大学から回答をもらい、比較をした。
市町村が大学に期待することの第1位は「学生の社会貢献活動を推進してほしい」。私たち大学は、研究成果を分かりやすく住民に公開することなどが重要と考えていたが、そのような期待は市町村からはそんなに高くなく、学生を地域社会に出して色々な活動を推進してほしい、と考えていることがはっきりした。
この結果を踏まえ、文部科学省が全大学に対し、開かれた大学づくりに関する調査をおこなう際に「学生の社会貢献活動を推進する」という項目を新しく入れてもらった。これについて、9割近くが重視しているものの、なかなか取り組めていないという状況が分かり、センターでは2011年より、学生と教職員が地域と連携をして、地域の課題解決に取り組む「地域連携応援プロジェクト」を始めた。13年間で220ぐらいの応募が学内の学生・教職員よりあり、そのうち190ぐらいが採択され、ほぼ全てのプロジェクトが学生中心で取り組んでいる。

地域課題解決支援プロジェクトについて

ちょうど10年前から始まったプロジェクト。大学のキャンパスがある静岡市浜松市では、公開講座などの活動をしているが、普段大学が行かないところに行くことが大事と考え、「あなたの地域の課題を教えてください」というチラシを学外、県内だけでなく、全国に配布。最初、大学は地域で何ができるのかという意識だったが、地域が大学を使って何をやれるのかというのを地域の方々にプレゼンしてほしいということがメインとなった。例えば、商店街の魅力発掘、中山間地域の活性化、空き家改修と利活用など。学生がその地域に出かけていき、何もできないかもしれないが、とにかく課題がどんなものか教えてくださいという形で進めていった。
松崎町伊豆半島南西部に位置する人口約6000人、高齢化率約50%の町)では、津波対策の用の防潮堤を築いたら、主産業である観光はどうなるのか?ということを町役場の方に学生が説明をした。課題が発生している場でどうするか考える、そういう授業をしている。
東伊豆町伊豆半島東岸に位置する人口約11000人、高齢化率約48%の町)でも積極的にフィールドワークをおこなっており、街を歩きながら課題と同時に、お宝になる資源も見つけ、学生たちはむしろ資源の方に目を向ける。課題と資源、地域の資源を何とか活用して、この町で暮らしたいと思う人が増えれば、元の課題が解決しきれなくても大事なことなのではということを学生たちを通して学んだ。

地域創造学環の設立

平成28年からスタートしたのが、地域創造学環(以下、学環)。現在、令和5年度より募集を停止したが、様々な成果を残した。
地域課題とは、何十年もその地域でいろんな人が知恵を出して、解決してないから地域課題。頭で考えて、これが課題だというのは簡単で、研究者を一人二人紹介しただけでうまくいくはずがないということが、経験を通して分かった。地域からは、うまく解決してくれなんて思っていない、一緒に考えてほしい、上から目線のアドバイスよりも、一緒に汗をかいて作業をやったり、アンケート調査をするとか、学生が参画をしてくれるのが大事という声がある。そうすると自然に街の中も活性化して、課題を一緒に考えるということが、地域にとって活性化につながるのではないかという感触を得た。それが学環のフィールドワークなどにつながっている。県内14か所ぐらいが学環のフィールドワークのテーマになり、そのうちの3分の1ぐらいは地域課題解決支援プロジェクトに関わっている。

松崎町とトーチ(松明)型の継承

松崎町は、フィールドワーク以外の色々な多様な取り組みが生まれており、個人的には非常に思い入れが強い町。最初はフィールドワークで、地域の高齢者に地域課題や町の歴史などをヒアリングしていたが、何回かやっているうちに、町の方から「10年後、自分がいるかどうか分からない。若い世代、町から出たり、帰ってきたり、帰ってこなかったりする若い世代に向けた刺激のあることをやってほしい。」と頼まれた。町の高校や中学に、地域の課題とかお宝とかを聞く中で、大学生がどんなふうに進路を決めたかといった話をよく聞いてくれる。ロールモデルとしての大学生というのは、大人よりも身近な存在である。
こうした動きは、「2030松崎プロジェクト」にも展開をしている。中高校生が中心となって、若い世代の感性、言葉遣いで地域の課題が定義され、13の目標が作られ、それに基づいた活動がおこなわれている。また、松崎高校の総合的な探究の時間、西豆学との連携にもつながっている。高校生がまちづくりに関わっている度合いが他の町よりも高いと思う。
学環だけでなく、農学部や人文社会科学部、情報学部の学生たち、静岡大学だけでなく、常葉大学早稲田大学も、松崎町に関わっている。この地域をもっと良くしたいという課題を介していることは共通だが、様々な主体が交流して学び合う場、プラットフォームが松崎町にできてきている。
町の総合計画、マスタープランの中に「2030松崎プロジェクト」が出てくる。大学と町、教育機関、地域住民、事業者が関わっているプロジェクトが、町の一番大きな計画の中に名前が出てくるのは、他の都道府県、他の大学であまり聞いたことがない。現在の松崎町長とは、静岡大学での社会教育主事講習からのつながりで、それ以来、ずっと大学と関わり続けてくれている。
大学生と町の若い世代との交流という点で、松崎高校(卒業)の藤井天汰郎さんの存在は、学生にとっての励ましになった。

www.at-s.com高校卒業後は就職を考えていたという藤井さんが、静大生との交流を通じて大学に進むことを決め、進学で故郷を離れても、将来は起業も視野に入れ、地域を盛り上げる仕事ができたら嬉しいと語っている。地域を変えるのは外から来る人ではなく地域にいる人。それが響いて初めて、まちづくりにつながっていくと思う。
地域づくりはそれをどう継承していくかという問題があり、継承の仕方を考える場合に、これまではリーダーがバトンタッチをするモデルで考えていたと思う。これまで20年ぐらい続けてきた活動を見ると、リーダーからリーダーへではなく、誰かが灯した灯、前から灯されている灯に、小さな松明、トーチが灯をもらい、次々に広がっていくイメージ。1対1の継承ではなく、たくさんの人がたくさんの人に渡していく。バトンだと1本しかないが、松明が広がるように、じわじわ広がっていくっていうのが、イメージに近い。「松明」というキーワードを考えたのは、松崎の活動を見たからで、たいまつは漢字で書くと松の明かり、松崎の明かり。なので松崎町の継承モデルは、トーチがよいのではと思う。

空き家改修から変わる町、東伊豆町

地域課題解決支援プロジェクトで東伊豆町から出てきた課題をヒアリングに行った時から関わりが始まり、10年弱、様々な活動が展開されている。東伊豆町での活動は、フィールドワーク生だけでなく、他大学生や中学生、高校生も交え、フォトコンテストやライブアートといったイベントをおこなっている。東伊豆町での活動の中心人物は、荒武優希さん。荒武さんは芝浦工大の学生として、東伊豆町での「空き家改修プロジェクト」に関わり、卒業後に東伊豆町の地域おこし協力隊に入隊。稲取に移住し、合同会社so-an代表社員NPO法人ローカルデザインネットワーク理事長として活躍している。芝浦工大の学生たちの取り組みにより、他大学生も町に関わりやすくなっている。町から依頼された空き屋の改修、活用をおこない、そこに人がどう集い、交流できるかを大事に考えて改修をおこなっているのが素晴らしい。
こうした活動が、実は地域の人の流れも変えているのではないかと思ったのが、「東伊豆町の子育て世代の転入率超過」というニュース。東海4県でいうと、30代、40代の転入率超過の静岡県内のトップは東伊豆町。首都圏と二拠点生活の人が増えている。前述の荒武さんを中心とした、古民家を改修した移住体験施設やコワーキングスペースの整備といった動きが、転入超過を導いているのではと思う。
空き家の改修で、町の姿が変わるのか?と最初は思われていたが、学生を含め地域以外から来る人たちが流動的に活動し、連携、協働することによって、人口構成も変わってくるのではという事例になっている。
東伊豆町で活動する芝浦工業大学工学院大学明治大学静岡大学の4大学と稲取高校が、お互いの活動を発表する東伊豆サミットも開催される。(2024年3月15日に開催)

「空き家改修プロジェクト」から生まれたコワーキングスペース「EAST DOCK」

地域の持続性を考える

中山間地や半島部、伊豆半島では特に南部の賀茂地域は、人口が減少し、地域が持続しにくいイメージがある。そうした地域は、進学先・産業・就職先・情報が足りないかもしれないが、では都市部は安泰なのかというと、都市部だけで食料やエネルギーは自給できない。それだけでなく、人を自給できないことが一番深刻。そこからは生まれなくて、外から入ってくる。見え方は違うけれども、どちらも大きな問題で、特に都市部は地震が直下で起きたらどうするのか、1週間も持たないのではないか、だとしたら、地域とちゃんと交流することが大事なのではないか、お互いに相手がいなければ成り立たないと考えた方がよいと思う。

Zターンが加わり「IZUターン」

フィールドとしている松崎、稲取、南伊豆で、とても面白い人の流れを感じた。例えば、芝浦工大の学生たちは、卒業後に地域おこし協力隊になったり、NPOを立ち上げることでずっと町に関わっているが、稲取に住んだままではなく、頻繁に都市部と行き来している。これはUターン、Iターン、Jターンといった既存のターンでは表せないのではないか?
松崎町で古道を再生し、マウンテンバイクでツアーをおこなっている「YAMABUSHI TRAIL TOUR」の主催の方は、横浜出身で世界中を旅してきた人。松崎町だけではなく、伊豆半島全体を考えて活動している。
南伊豆町に拠点のある「ジオガシ旅行団」さんは、三島にも拠点があり、東京などの都市部でも活躍している。
稲取で活躍している芝浦工大生から生まれた「NPO法人ローカルデザインネットワーク」も、首都圏と東伊豆町を行き来している。
大学のフィールドワークもだが、こうしたターンを「Zターン」と名付けたい。Iターン・Uターンは移住、定住で終わってしまうが、それぞれの地域で横に活動することで、形としてはZに近い動きだと思う。
定義をすると、一回限りではなく、持続的、往還的に活動し、二拠点それぞれで交流、学習、活用があるということ。この動きをしていると、それに釣られて首都圏の人が「東伊豆って面白そう」とやって来て、それがIターンのきっかけになるかもしれない。もっと大事なのは、東伊豆出身で地元に帰るなんて思いもしなかった人たちが、都市部から東伊豆に行く人を見て、影響を受けるかもしれない。つまりZターンが、Iターン・Uターンを誘発している部分があって、それが非常に大事。
そしてこのIターン・Uターン、Zターンは、そうしたターンをしない、町が魅力的なので動かない人がいるから起こることであり、これらのターンを支えている。なので、返すものとして、地域に生まれ育った住民が誇りを持って暮らす手がかかりをZターンでつくるのが良いと思う。都市部と伊豆半島を中心とした地方を行ったり来たりしている動きというのは、そういう意味でも大事であり、大学にとっても非常に大事ことだと思う。

I・Z・U「イズ」ターン

伊豆半島に拠点を!

静岡キャンパス、浜松キャンパスがある静岡大学。東部、伊豆半島に拠点がなければ、バランスがとれないと思う。その理由の一つに、旧佐久間町に残っている「静岡大学設立講演会寄付金目標額配分表」という文書がある。75年前、静岡県民全員からお金を集めてできたのが静岡大学で、東部地域、伊豆半島の先の方まで寄付をしている。静岡と浜松だけではなく、伊豆半島の先にも同じだけ貢献しようという気持ちがないと、75年前の恩に対して罰が当たるのではと思う。

 

質疑応答より

Q:東部サテライトが伊豆半島の拠点として期待されているなと感じたが、福祉という視点からも、この場は大事だというのを感じている。サテライトに対して、こんなこともやってみたらという提案はあるか?(東部サテライト内山先生)

A:プラットフォームは、地域課題がテーマになっていることが最低限の共通の条件で、どんな風に使うかは色々でよいと思う。地域の人だけでなく、地域外の人と交流できると考えてもよい。教育と福祉を別々に考える必要もなく、色々な人と話しているところで、それ自体が福祉につながる部分があるのでは。
例として、視察に行った帯広の「電信通り商店街」は、商店街が福祉を受け持ち、社会的包摂の場を商店街の空き店舗を使うといった方法で提供している。また、北九州の魚町銀天街という商店街は、アーケードの屋根があることでホームレスに悩んでいたが、ホームレスにとって居心地がいいということは、他の人にも居心地がいいこと、と、自立支援に取り組んでいるという事例がある。

 

Q:学生が地域に出ていくということが大事ということだが、大学教員は専門を持って採用されている。学生が出ていくと、物足りない(専門性がいかせない)のでは?(地域創造教育センター山本隆太先生)

A:東伊豆町でのフィールドワークについては、自分は運転手の役割。自分が受け入れてもらう立場だった学生が、学生を受け入れる立場になっているのでありがたい。学環では、アート専攻の学生が活躍する場面が多く、それを見て、他専攻の子たちの励みになっている。荒武さんの持っている人脈とか、教員が頑張ってやれるものではない。周りの頑張りを見て、もっとやらなきゃいけないのに、できていないという焦りみたいなものがあり、物足りないといっている暇がない。

 

阿部先生は、昨年度で退官されましたが、今年度1年間は、地域創造教育センターの特任教授、また、地域創造学環の非常勤として、東伊豆町のフィールドワークを担当します。
伊豆、特に賀茂地域での事例をお伺いし、今後の東部サテライトの活動にも、大学として学生との連携が大事になってくると思いました。阿部先生ありがとうございました。