静岡大学東部サテライトだより

静岡大学東部サテライト「三余塾」の記録・お知らせ

20250218 公開講座「スペインにおける聖地巡礼と豆州八十八ヶ所」

伊豆市土肥の「まぶ湯」を訪れた大原先生

「多彩な視点から学ぶ伊豆半島の自然と社会」というタイトルで、自然科学・人文社会科学の視点から伊豆半島について学ぶ公開講座を開講している東部サテライト。
2月18日に令和6年度の最終回、「スペインにおける聖地巡礼と豆州八十八ヶ所」というタイトルで、静岡大学人文社会科学部教授・「発酵とサステナブルな地域社会研究所(以下、発酵研と記載)」所長の大原志麻先生に講義をしていただきました。

 

専門分野と研究の変遷

専門は中世スペイン史で、史実を映画とか小説ではどういうふうに描き直したら受け入れてもらえるのかという「アダプテーション」の研究をしている。もともとサンティアゴ巡礼に興味はなかったが、その研究の中で、サンティアゴ巡礼がどのように現代にアダプテーションされて、現在世界中で受け入れられているのかということに視点が向くようになった。また、現代社会に繋げないと学生が興味を持たないことから、中世史を現在にどのようにつなげるかという視点で、サンティアゴ巡礼を授業や研究で取り組んでいる。歴史の中、ロマネスク建築の中でどのように動植物が描かれてきたのかということも研究してきた。
2015~16年まではスペインの大学で、スペインでどのようにサンティアゴ巡礼、聖ヤコブが受け入れられるようになっていったのかといった研究をし、大学の公開講座で話をした。その時の講座で、実際にサンティアゴ巡礼路を歩いたことのない人の話を聞きたくないと受講者の方から言われたことがきっかけとなり、実際に歩いてみた。

 

ルーツブランディングの試み

発酵研では、酵母のルーツやストーリー性を軸にした商品開発をおこなっている。例えば、「家康公CRAFT」は、徳川家康公と駿府でゆかりのある場所から採取した酵母からビールを製造。登呂遺跡では、古代米弥生時代の農法で作り、登呂遺跡で採れた酵母でお酒を作るといったルーツブランディングを歴史を軸にしておこなっている。
商品の背景にある地域の歴史とか強みを明らかにして、高められた価値によって、より美味しく感じられるような情緒的な価値で、体験の質を高めるというような試みをしている。
ルーツが絡むと結構話題になり、メディアでも紹介していただいた。酵母を採取するのは大変な作業で、家康公ゆかりの地から採取した酵母2000個のうち、ビール酵母として使えるのはたったの1個。その酵母が井川のお茶壺屋敷周辺のツツジから採取したもので、この酵母で家康公CRAFTの第2弾を開発、販売した。今後、安定的な販路が開拓できればと思う。
野生酵母でのビールづくりを通して、クラフトビール業界で名高い「伊勢角屋麦酒」と知り合うことができた。ここから色々なプロジェクトが生まれればと思う。

「家康公CRAFT」第1弾はすぐに売り切れました!

もう一つルーツブランディングとして、南アルプス静岡市にあるということを知ってもらうために、南アルプス高山植物由来の酵母からウイスキーを作るということを特種東海製紙の井川蒸溜所さんと取り組んでいる。こちらもメディアに取り上げていただいた。特に地域社会の中では、背景にストーリー性や歴史があると注目してもらえると思っている。

登呂遺跡では静岡大学人文社会科学部の篠原和大先生が弥生時代の農法を復刻させて古代米を作っている。機械を使わず、農薬も肥料も使わないので収量が少ない。貴重な古代米から大村屋酒造場さんに試験醸造酒を作ってもらった。ピンクのロゼ色で美味しいので、今後も作っていけたらと思う。

ゼミ生からの「中世ヨーロッパのビールを復刻させたい」という希望で、北海道の林業試験場から許可をもらって、中世ヨーロッパのビールづくりに使われていた絶滅危惧種の「ヤチヤナギ」を静岡大学静岡キャンパスや富士宮市、(東部サテライトでも)などで試験的に栽培している。カラハナソウという日本在来のホップとヤチヤナギでビールを作っていきたい。

発酵研では、理学・農学・人文社会・教育・工学部という複数の教員たちが力を合わている。文理融合産官学連携で、多くの人が関わらないと成し遂げられない取り組みの事例がなかったということで、非常に注目をしていただき、サントリー財団からも支援をいただいた。また、色々な人との関わりができることから、毎年頻繁にシンポジウムなどを開催している。

 

ガストロノミーツーリズムと地域振興

その地域でしか食べられない体験できない食体験、それによってその地域に来てもらうことを目的としているのが「ガストロノミーツーリズム」。静岡県のガストロノミーツーリズムの有識者会議に入っていた。静岡の酵母も訴求力があってそれを地域活性化に繋げられればよいと思う。
バスク地方のサンセバスチャンは人口と面積に対する三ツ星レストランの割合が世界で一番といわれるところ。バスクの人からは、静岡は品目も多く気候も良くてガストロノミーツーリズムで成功するのは簡単だと言われた。バスクは在来の食材が少なく、調理法を工夫している。みなさんと力を合わせて静岡のことをもっと知ってもらえるようにしていきたい。

 

巡礼と観光の融合

「辺境の文化」という視点から豆州八十八ヶ所の持つ歴史文化というものについて、皆さんに教えていただきたい。辺境の文化を代表するものが巡礼なのではということで、伊豆、特に西伊豆は行きにくい場所でそれが価値になると思う。聖地巡礼とよく聞くが、偉大な人が亡くなった場所ということではなく、歴史の記憶をとどめ、その地域や社会の文化的核心であると期待される場所で、豆州八十八ヶ所はそういう場所ではないかと思う。
巡礼というと、聖なる巡礼者と俗なる観光客という二つの極があるかと思うが、純粋に宗教的な実践なのかと言われると、観光として語られているところも多く、宗教的な巡礼というのも観光と分けることができない融合現象になっていて、観光目的にシフトしてきているけれどもただの観光ではない、そうした場になってきている。
観光としてお金を落としてもらうとなると1ヶ月、せめて1週間は連泊をしてもらわないと地域が潤わないので巡礼はよい。忘れ去られ完全に廃れていた場所も人が通ると、食べ物屋やバルができ少しずつ観光関係の雇用もできる。スペインは観光が人の生活を支えている。伊豆も巡礼路の整備により大きな雇用が生まれるのではと思う。
歩くことでの宗教性は少ないように感じるが、達成感が大きく、色々な人と出会うことで気持ちが救われるという点では宗教性があるのかもしれない。

 

サンティアゴ巡礼路と熊野古道

サンティアゴ巡礼路はコロナ前よりも人が多く来訪しており、道が増えている。皇帝カルロス一世が歩いた美食の道と言われている皇帝の道、中世スペインの英雄エル・シッドが戦闘を勝ち抜いてきた道も歩く道になっている。
日本では熊野古道は今、奥辺路の整備を進めている。伊勢路熊野古道センター長の宮本先生(熊野古道をチェーンソー1本で開拓し、今日の姿にまで大きくした方の一人)色々なルートを開拓し、サン・セバスティアンとの産業交流、食の交流、巡礼路の交流を進めている。
サンティアゴ巡礼路と熊野古道、どちらも辺境に位置している。都の支配が届かないところに、上皇たちが何回も行って取り込んでいくという、サンティアゴであればキリスト教化を進めていくという目的のある道。
巡礼を研究するということは、非常に幅広い方に知見をいただかないといけない、宗教学、比較文化、コンテンツツーリズムなど学際性がある。なんといっても徒歩が基本となるため健康によい。スペインは肥満率が高いことからも、現代の巡礼は圧倒的にダイエット目的。

熊野古道は世界一人が少ない世界遺産と言われ、ヨーロッパ人に重宝されている。熊野古道サンティアゴ巡礼路と交流があり、シャワーや簡便な食事とかコインランドリー、荷物を次の宿まで運んでくれるサービスとかも整っている。旅館とかでも何ヵ国語でも喋れる方がいて国際化に対応している。
巡礼路の需要は伸びており、修験道というと自分とは関係ないもの思うかもしれないが、身近なものになりつつある。
サンティアゴ巡礼路では歩かないといけない場所で2ヶ所以上スタンプを押さなければならず、徒歩巡礼が義務付けられている。

「巡礼路を歩いたことがないのに」と言われたことから、ナポレオンルートと言われるピレネー山脈を越える厳しいルートに行った。スペインは建物の石材や様式を揃える、例えばハーフティンバー様式(建物の木製フレームを意図的に外に露出させる様式)で、ランドスケープが統一されている。伊豆には伊豆石があるが、集落として固まっておらず点在しているのが景観として難しい。
サンティアゴ巡礼は、4、5千円で巡礼宿に泊まることができる。熊野古道とかは、相部屋でも1万円を超えるので、シャワーがあって個室で、しっかり休める場所があると巡礼しやすい。

ローランの歌という有名な武勲詩で知られる英雄ローランに由来するロンセスバジェスからスタートし、1日につき25キロ歩く。サリア、ポルトマリン、アルスーア、ムヒアと歩き、巡礼証明書をもらった。
巡礼路沿いの建物は最近の建物だが景観を中世風にすることで滞在してもらう工夫をしている。

サンティアゴ巡礼路「北の道」は、バスクを通るところで、今の美食都市とほど遠い都市だったが。巡礼路として整備されると世界遺産が増えた。
サンティアゴ巡礼は現在、かつてのような信仰ではなく、そこに集まる人間の懐具合を計算してサービスをおこなうという必ずしも聖なる場所ではないと言われており、巡礼路の最後の部分だけ歩いて巡礼証明書をもらうような人もいる。
沼津市戸田にも塩田があるが、バスクの三ツ星レストランでここの塩しか使わないというレストランがある。塩づくりの体験ができる。

サンティアゴ巡礼が終わってすぐに熊野古道を歩いた。巡礼は夏やるものだと思っていたが、日本の夏は暑く、ヨーロッパのような風や日影がなく蒸し暑い。また、起伏が激しい。お手洗いの整備がされているところはすごい。
日本最古の世界遺産の温泉、湯の峰温泉があり、平安時代の中期の記述に残っている。伊豆でも古い記述に残っている場所があると宝になるので、掘り起こしてまとめられるとよい。

 

伊豆を訪問して(※夏に沼津、修善寺、土肥、松崎を訪問)

伊豆はコンテンツが点在しているので、車で周ることになってしまう。ブルワリーもいくつかあるが点在している。なまこ壁や伊豆石といった地域資源があるが、共通の様式がある一定の空間があればよいのにと思う。
場所の持つ力がある(松崎町高野山を訪れて)、土肥のまぶ湯とか。熊野古道と共通する部分がある。

「伊豆は場所に力がある」(写真は松崎町高野山

松崎町の室岩堂は、マヤ文明のセノーテ(中米ユカタン半島石灰岩地帯に見られる陥没穴に地下水が溜まった天然の井戸や泉のこと)や、ワインを熟成しているヨーロッパのシャトーのようだった。
高野山では地元の方がガイドをしてくださったが、落ちていた栗を蹴っていて驚いた。
スペイン人は栗が大好きで、巡礼路沿いではお土産で売っている、

伊豆修験も(熱海市伊豆山の伊豆峯辺路を歩くツアーに参加)個人的に行きなおしたい。温泉と古道、みんなが「歩きながら知る」ということがキーワードになった。ある程度ハードな方が楽しいと思った。

伊豆は場所に力がある。歴史と宗教と結びついた道というものを再構築していくとことが大事。食材も豊富で、他所への食材供給地だけではもったいない。バスクの塩についてもそこではレシピが育たなく、19世紀までは外に持っていかれてしまっていた。他所の人に食べさせるだけの土地ではなく来てもらって、そこで料理、食文化というものを作り上げていくことが望ましい。そうしたことで、関係人口や交流人口を増やしていければと思う。

貴田先生(貴田潔:静岡大学人文社会科学部社会学科 専門日本中世史)や松本先生(松本和明 :静岡大学人文社会科学部社会学科 専門日本近世史)のお話を聞くと豆州八十八ヶ所が140kmくらいで、熊野古道にある王子(道筋に祀られた神祀)の様にかつてよい感じの間隔であったものを休むことができるスポットみたいな感じでつくるとよいのではとも思った。

前述の熊野古道センターの宮本先生からは、コースの特定をすること、見所の発掘をすること、コース付近コース上にある地権者の方への整備理解と承諾、コース周辺に住む方の理解が必要といったアドバイスをもらった。

 

まとめと地域の方へのお願い

発酵研は、歴史学・考古学・人類学・地質学・地域経済学・農学・法学など、非常に学際的に取り組んでいる研究所なので、その知見で踏まえて観光学というものを制度設計できればと思う。地域の方にはぜひ、地域の生業や埋もれている産物を教えてほしい。行政にはその取りまとめをしてもらいたい。

 

質疑応答から

Q:伊豆にぜひ歩く文化、観光だけではない歩く文化を根づかせたいと思っていたのでまさにその通りの話だった。それぞれに散策路はあっても、全体で実現はできていないと思う。
A:以前、他の先生から弘法大師が海から松崎に来てそこからぐるっと山を歩くような王子が各箇所に書いてある地図を見せてもらった時にそちょうど140kmだったので、「これは」と思った。実地で見ても分からず、先日も伊豆峯辺路ガイドの方に教えていただかないとどういうルートなのかが分からなかった。ハードな徒歩巡礼も、歴史的な痕跡を見ることができるので、そうしたところを整備していく見込みもあるのではと思った。

Q:伊豆半島修験道について、研究して活用していこうという活動をしているが、他の世界の巡礼路を歩いているわけではなく、比較することができないので、今日の大原先生の講義をいかして、伊豆半島の巡礼の旅に活用していこうと思った。豆州八十八ヶ所については、四国のお遍路と同じく江戸時代の信仰を大義名分とした観光のようなところがあるので、深掘りができないが、四国遍路については弘法大師が巡った聖地が廃れては勿体ないと整備がされた。お接待(巡礼者を大切にもてなす風習)という文化が残っていることに価値を感じる。
A:歴史的な継続性は必ずしも巡礼路にはなく、一旦途絶えたものを再構築している感じであり、やはり観光ということになる。スペインのフランコ独裁政権が唯一のファシズム国家として残ったとき、国連にも入れず、観光で生きていこうとなったときに、サンティアゴ巡礼を復刻したのは20世紀の半ば。忘れ去られていたものを再構築していくことは価値があること。

Q:発酵研という取り組みの中で大学が、学術を実際の現場にいかして商品化までするということをやっていることに興味を持った。
A:中世ヨーロッパで失われてしまったレシピの再現など、何を食べていたのかを知りたいというロマンがあり、人はロマンに関心を持つので、ルーツや歴史というものをストーリー性で商品に持たせるのはいいことだと思う。

Q:豆州八十八ヶ所について今まで知らなく、どこに行ったらマップのようなものが見れるのか?誰が研究しているのかが全く分からないので、部分的なツアーがあったらそういったもので知りたい。
A:ホームページはあるのに、実際に行くと分からない状況で、ガイドの方と一緒でないと分かりにくい。

Q:三島方面から西伊豆に行くのに、公共交通だと伊豆箱根鉄道修善寺からはバスという方法になるが、今日の話を聞いたことで「歩く」という方法もあると思った。20km、5時間くらい。先生のご経験から、その距離をちょっと歩いてみようというな気にさせるには、どんなアイディアがあるかを聞いてみたい。
A:ただのコンクリートの道を歩くということですよね。歴史的に弘法大師が歩いてたとか、有名な寺社があるとか、そうした動機付けがほしい。スペインは歩いていれば素敵なバルがあるので、それは励みになる。10kmに一ヶ所あるとよい。

先生から「豆州八十八ヶ所の持つ歴史文化というものについて、皆さんに教えていただきたい。」というお話が最初にあったことから

松崎町にある富貴野山宝蔵院をぜひ訪れてほしい。弘法大師が開いた密教霊場でエネルギッシュな場所。車で近くまで行くことができる。

という参加者の方からのお話で会が終了し、先生は6月に地元の方のガイドで宝蔵院を訪れることになりました。その模様はまたブログにてお伝えしいたします。
大原先生のサンティアゴ巡礼や熊野古道巡礼のお話、そして発酵研の取り組みは、これからの伊豆のツーリズムに取り入れられるヒントがたくさんあったと思います。ありがとうございました。