今年度初となる「伊豆ビジネスセミナー」。静岡大学人文社会学部法学科教授、発酵とサステナブルな地域社会研究所(以下、発酵研)副所長の横濱竜也先生より「発酵飲料による地域活性化の試みをふりかえってみる」というタイトルでお話をいただきました。
お話の前に、先日、横濱先生が伊豆のブルワリー視察の際に訪れた沼津の「柿田川ブリューイング」の片岡哲也代表取締役社長より、簡単に会社の紹介をしていただきました。「沼津クラフト」というクラフトビールの製造をメインにおこなう柿田川ブリューイング。ビール製造の際に出る副産物を使用した商品づくりにも取り組んでいるとのことでした。
発酵とサステナブルな地域社会研究所のこれまでの経緯
2021年12月、お酒や発酵シロップといった発酵飲料を開発することを中心に、文理融合、産学連携、地域活性化を目指し立ち上げられた発酵研。酵母という材料自体に着目し、商品化プロセスを考える際に、発酵をめぐる歴史や法律、経済のあり方を見直すことをおこなっており、そこから例えばストーリーある商品開発が可能になる。具体的には、中世グルートビールの再現実験から始まり、中世ではビール製造にはホップは使われておらず「ヤチヤナギ」という植物で発酵させていたことから、北海道総合研究所林業試験場の脇田陽一先生の協力のもと、静岡キャンパスで試験栽培を開始。クラフトビールメーカーで、製品化をおこない話題を呼んだ。昨年度までで14 回ものシンポジウムや講演を開催するといったアウトリーチに力を入れている。しかし、大学からの資金配分がなく、開発のため実験機器や人件費といった費用が大きな問題となっている。自走できるようにするには知的財産権の取得も考えており、今後の課題である。
「家康公CRAFT」の開発、販売
大河ドラマ活用推進協議会との共同研究費のおかげで、家康公ゆかりの野生酵母を使ったクラフトビール「家康公 CRAFT」を非常に短期間で開発、商品化まで進めることができた。静岡大学は酵母開発を担当し、沼津工業技術支援センターが試験製造、静岡酒造・AOI BREWING・HORSEHEAD LABSの3つの静岡市内のブルワリーで製造。家康とつながりのある静岡市をアピールするため、徳川の家紋である、浅間神社のフタバアオイから見つかったラカンセアという酵母を利用した。3つのブルワリーが1 本づつ、3 本セットを700 箱分製造し、すぐに完売した。
クラフトビール製造の課題
クラフトビールを作る際、温度管理が難しい。瓶内に残った酵母が二次発酵して風味が悪くなるため、消費者に届けるまでに温度管理をするには、冷蔵設備のある倉庫が必要になるが、クラフトビールメーカーは小さいところが多くそうしたことは多分できない。そうなると、製造したビールをすぐに引き取ってくれる酒販店、小売店を探す販路探しが必要。地元の酒販店に扱ってもらうか、常温管理できるような商品にするかしかなく、これが日本ではクラフトビールのシェアが大きくならない原因の一つである。
発酵シロップと食品の開発について
発酵の力が低い酵母を使うことで、発酵シロップといった発酵食品も開発。こうした商品を試作、商品開発する施設がこれまでに、静岡市にはなく、最近、葵区に「こぐまplace」という食品衛生法の基準を満たした商品開発スペースができた。ガストロノミーツーリズム活性化のためのインフラとしてもこうした施設が必要。発酵シロップはベンチャーとして自走していきたいが、どれくらい利益がでるかなど検討が必要。
南アルプス地域から採取した野生酵母を使い、ウイスキーの開発をおこなっている。静岡の南アルプスの広大な土地を持つ特種東海製紙グループの「十山株式会社」が標高1200m のところに井川蒸留所という蒸留所を持っておりそことの連携。ウイスキーはビールよりも発酵能力の高い酵母が必要となる。標高が高い場所での野生酵母採取ということで、時間と費用、検査の費用をどうまかなっていくかが課題。
赤米を使った日本酒の開発
登呂遺跡の近くで赤米を栽培しているので、その赤米と登呂遺跡周辺で落ち葉などから採取した酵母から日本酒をつくるプロジェクトに取り組んでいる。歴史のロマン、付加価値がある。酵母を見つけることは容易ではなく、野生酵母の日本酒は低アルコールであることが多いが、これがどう評価されるか、こだわりのある人に受け入れられるかという不安がある。
カラハナソウでのビール製造
昨年からは、カラハナソウでのビール製造に挑戦。ホップの和名は「セイヨウカラハナソウ」で、カラハナソウはいわば日本のホップ。カラハナソウは雄花と雌花があって、受粉すると香りが落ちる。受粉していないカラハナソウを使えば日本のホップでビールを作ることができるため、静岡での試験栽培を開始。
質疑応答
Q:クラフトビールを製造することで最終的にどうなると「地域活性化」になると思うか?
A:静岡にはクラフトビールメーカーが多く、地域のブランディングの話をする際に、クラフトビールはよく出てくる。若い世代が参入することでの活性化。県内のクラフトビールメーカー、県外から来て立ち上げた人が多い。県内からこういう人が出てくると一層の地域活性化になるのでは?伊豆市のベアードビールで修業し、自分のブルワリーを立ち上げて活躍している人が多い。
費用面で厳しいという課題に対し、この会の座長を務めるNPOサプライズの飯倉さんからは、例えば「三島ウイスキープロジェクト」では、トークン発行型のクラウドファンディングサービスをおこなっている。大学のプロジェクトなので、OBOG向けに販売をしたらどうか?という提案がありました。
NTT 西日本の方からは、会社で環境保護活動の一環として「NTT西日本グループ葵プロジェクト」という、社員がフタバアオイを育てて、京都の上賀茂神社に奉納、植栽するという取り組みをしているということで、栽培方法について発酵研と情報交換できれば、という嬉しい提案がありました。
「地域活性化」と親和性の高いクラフトビール。その地域特有の酵母でその製造をおこない、そこに歴史や文化のストーリーをのせることができれば、付加価値の高い商品になり、話題にもなるでしょう。ですが、そこまでには酵母の採取、酒税法といった法律、冷蔵保管の問題、人件費といった費用の問題と、課題がたくさんあります。今回のセミナーは講義であると同時に、参加している企業の方への今後の発酵研の展開への相談でもありました。産官学連携によって、課題を解決することで、伊豆特有の酵母を使ったクラフトビールができたら、観光の起爆剤になりそうです。